大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和30年(オ)164号 判決

東京都台東区谷中真島町六番地

上告人

桂為助

右訴訟代理人弁護士

坂井喜次郎

同都港区笄町一八一番地

被上告人

都築環二

同所同番地

被上告人

都築一

右当事者間の請求異議事件について、東京高等裁判所が昭和二九年九月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

"

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨は、違憲をいう点もあるが、その実質は原審の裁量に属する証拠の取捨、事実の認定を非難し及び単なる訴訟法違反を主張するに帰するものであつて、原審の認定はその挙示の証拠によつてこれを是認することができ、また所論の対質尋問については、元来対質は裁判長が特に必要と認めた場合この措置をとりうるものであつて、当事者にその要求権があるものとは解し得ない(民訴第二九六条、第三三七条)。それ故、所論は採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

昭和三〇年(オ)第一六四号

上告人 桂為助

被上告人 都築一

外一名

上告代理人坂井喜次郎の上告理由

本件控訴審判決は民法第五百八十七条の消費貸借に於ける目的物の受授に関する解釈を誤り法令に違背してなされ且憲法上財産保護に関する条文に違反しなされた判決であります。

第一点 本件については証人藤田市介が東京高等裁判所法廷に於て証人として宣誓の上藤田が被控訴人都築に依頼され都築の代理人として控訴人桂為助より本件消費貸借の金員弐拾参万円を受領した旨を明かに証言して居るのであります。

代理権は昭和二十四年十二月二十二日被控訴人都築の事務所に於て控訴人桂、被控訴人都築、証人藤田、三人面会した際、被控訴人都築より控訴人桂に対して「藤田を都築の代理人として本件不動産の登記済書類及関係書類を持参さするによつて此書類引換に借用金を渡して貰ひたい」と云ふので控訴人桂が之を承諾したのであります。

証人藤田市介は「その後都築を同人の事務所に訪ね都築との間に色々と書類を作成した後桂は都築にそれなら金は現金でお渡しませうか、それとも貴方の銀行の口座へ振込ませうかと云つたところ都築はそうだなどちらにしようかと考へているので傍に居た私がそれなら私が桂さんの所へ行つて金を代つて受取りませうかと云つたら都築はそうだ、貴方が代つて受取りに行つてくれと云ひました」云々。

此明かな代理権授与行為に従つて控訴人桂が証人藤田に対して貸付金を交付したものであります。此事については証人藤田は明かに証言して居るので本件消費貸借成立に関しては一点も疑をさしはさむ余地がないのであります。

然るに本件消費貸借について証人が消費貸借金を受領する権限があつて之に基いて受領した事を明かにして居るにかゝわらず如何にも感情的に之を退けて目的物の受授がないから消費貸借が成立しないと判決したのは明かに法律に違背し上告人の財産に関する憲法上の保護を無視した判決であつて到底之を是認する事は出来ないのであります。

第二点 消費貸借に於ける目的物の受授は必ずしも直接当事者になす必要はないのであります。

(大審院大正十三年(オ)第三二四号・同年七月二十三日民三判。)

(イ) 昭和二十四年十二月二十二日控訴人桂為助が被控訴人都築環二に対し金弐拾参万円を貸渡し其担保として金八万円を以つて都築所有の本件不動産を桂に売渡し金拾五万円については都築より桂に対し約束手形を差入れ之を桂が割引く事として一ケ月日歩五拾銭の割合の利息を差引き金弐拾壱万弐千五百円を被控訴人の代理人藤田市介に交付した事は事実であります。

(ロ) 右同日、日中被控訴人都築環二の事務所に於て会合し右金員貸借につき訴外桂為助、被控訴人都築環二、訴外藤田市介の三人が相談し前記の通り消費貸借契約が成立せしめた事は事実であり又右関係書類を都築より藤田に渡し此書類と引換に桂より金員を受領するよう取定めたのも事実であります。

(ハ) そこで右約束に従ひ右消費貸借の目的物の受授に関して控訴人桂は被控訴人都築の代理人藤田市介に金員を交付したに相違ないのであります。

原審に於て桂為助は「私は権利証がなければ金は渡せない。金は本人に渡す主義であるから売渡証、登記済証、約束手形、公正証書作成の委任状(環二、一連署)、印鑑証明(環二と一のもの)を持つて金を取りに来て呉れ」と云々すると同人は「金を取りに行けない」と申しましたので私の方で「それでは銀行へ振込んでおこうか」と申しますと同人は「そのようにして貰はうか」と云ひましたがその後で藤田と相談して「藤田に渡してやつて呉れ」と申しましたので私も承諾しました。

又私が詐欺の疑で山室検事に調べられた時「権利書をとりながら金を渡さぬのは怪しからんではないか」と申されましたので「金は藤田に渡してある」と申しました。すると検事は環二に対して「権利書は誰に渡したか」と訊ねましたので環二が「藤田に渡してある」と答へますと検事は「それなら藤田は代理人なのだから金を藤田に渡しても問題はないではないか」と云ひ環二は散々油をしぼられました。藤田が証人として出廷しないのは環二と組んでこんな事をして居るからだらうと思ひます。

又証人田中信次も都築は笄町の物件を担保にして桂から金を借りたので云々、登記後一諸に桂の所へ立寄り金を受け取りましたがこの時藤田は登記完了の書類や委任状、印鑑証明は持つて居りました。

証人藤田市介は「その後都築を同人の事務所に訪ね都築との間に色々と書類を作成した後桂は都築にそれなら金は現金でお渡しませうか、それとも貴方の銀行の口座へ振込ませうかと云つたところ都築はそうだな、どちらにしようかと考へているので傍に居た私がそれなら私が桂さんの所へ行つて金を代つて受取りませうかと云つたら都築はそうだ、貴方が代つて受取りに行つてくれと云ひました」云々。

と以上何れも事実上本件消費貸借並に金員の受授に立会つた人の真正の証言であつて控訴人桂は被控訴人都築の代理人たる藤田市介に対し都築の依頼の通り登記済書其他関係書類引換に金員を交付したに相違ないのであります。

要するに本件の基礎たる消費貸借の目的物の授受に関し大審院大正十三年(オ)第三二四号判例に示す如く直接当事者になすを要せず、被控訴人都築の代理人藤田市介に対し約束の通り書類引換に金員を交付すれば立派に消費貸借の目的物の授受のあつたものとして消費貸借が成立するものと信ずるのであります。

(ニ) 控訴審に於て藤田市介に金員受領の代理権を与た事を認めるに足る証拠がないと判示されて居りますが証人野口徳衛、田中信次、桂為助、藤田市介の各証言を仔細に検討すれば金員受領の代理権を与へ事も明瞭であり且つ金員を代理人として受領した事も明かであります。

又売渡書登記済権利証、約束手形、公正証書作成用印鑑証明、委任状等何故に藤田が所持して居たか或又之と引換に桂より金員を受領する権限を与へられ之が実行をなすため所持して居たものか極めて簡単に判断の出来得る所であつて昭和二十四年二月二十二日、日中に被控訴人都築の事務所に於て被控訴人都築と控訴人桂と訴外藤田と三者の相談の結果被控訴人都築の代理人として藤田に売渡証、権利証、約束手形、印鑑証明、委任状を渡すから之と引換に桂より藤田に金員を渡して呉れとの約束に基いて藤田が都築より前記関係書類を受取り之を持参して桂方に於て関係書類と引換に金員の授受をなして居りますから藤田に対して代理権を与た事がないと云ふのは全く事実を理解して居るものと思ひます。

(ホ) 只被控訴人都築の代理人藤田が桂と三者の約束に基き消費貸借の目的物たる金員を受領したか、之を藤田に於て所持し被控訴人に引渡さなかつたと云ふだけの問題であつて之が為本件消費貸借が成立しないと云ふ理由はありません。

第三点 被控訴人都築は明かに本件債務を承諾して居るに不拘控訴審に於て之を誤つて解釈して居ります。

(イ) 被控訴人都築は昭和二十五年二月十八日前記貸借の遅延損害金の支払方法として金七万五千円也の小切手を桂為助に交付して居る事実。

(ロ) 甲第五号証により被控訴人都築より桂に対し「先日はわざわざ御足労を相掛恐縮でした。御渡し致して置きました参万七千五百円の小切手、昨日は現金持参引換に来れる予定のところ当方の入金が少しおくれて来週の火曜日になる予定ですから引延申訳ありませんが御待ち願ひます。入金次第御届け致します。貴方様も御都合のある事と存じまして御ことわりに参上致しました。当然去る二十日に支払ふべきものですから引延分に対しては勿論利息に対する利息を御支払ひします。

尚藤田の方からは私の方へ何とも云つて来ませんので跡四、五日も待つて片づかねば止むなく手続をする外ないと思つて居りますが決行するときは貴方様へ其以前に知らします。

明かに右消費貸借を承認し利息の支払の事迄云ひ訳をなし都築の代理人藤田が金員を桂より受領したか之を藤田に於て費消した事を認めて居るのであります。

(ハ) 更に被控訴人都築は自己の代理人として藤田が控訴人桂より金員を受領しながら之を横領費消したと云ふので告訴致しました。桂も又係の山室検事の取調を受けた際桂の証言「権利証をとりながら金を渡さぬのは怪しからんではないか」と申されましたので私は「金は藤田に渡してある」と申しました。すると検事は環二に対して「権利証は誰に渡したのか」と訊ねましたので環二は藤田に渡してあると答へますと検事は「それなら藤田は代理人なのだから金を藤田に渡しても問題はないではないか」と云ひ環二は散々油をしぼられました。藤田は証人として出廷しないのは環二と組んでこんな事をして居るからだと思ひます。

(ニ) 更に被控訴人都築は動産競売の際に数名の者に債務承認の旨を話して居た事実もあるのであります。之等より考へれば決して控訴審に於て判断された如く被控訴人都築環二に於て藤田市介の所在を明かにする迄桂為助の請求を緩和する目的で約束手形の遅延損害金を支払つたものでなく事実は全く被控訴人都築に於て債務を承認して居たものである事が明瞭であります。

第四点 証人真鍋歴山、被控訴人本人の陳述は控訴人提出に係る各証拠と控訴人側の証言を比較対照すれば敢て事実に反する供述をなして居る事が明瞭であるに不拘控訴審に於て事実に反する証言を採用し控訴人敗訴の判決をなされたのは不思議にたえないのであります。

第五点 以上の如く何れの点より見ても消費貸借成立し又本件譲渡担保契約も成立し被控訴人の債務不履行に基き控訴人桂為助が本件不動産の所有権を取得し之に訴外佐藤とよが抵当権を設定したが桂為助の債務不履行により本件不動産を東京地方裁判所に於て競売に附し控訴人は裁判所に於て競落し正当に本件不動産の所有権を取得したものであつて其間何等一点の不正の事実がないのであります。

第六点 控訴人は控訴審の法廷に於て金銭受授並代理権を明かにするから桂、都築、藤田の三人の対質尋問を求めたが如何なる理由か裁判長は却下されたのであります。

以上要するに控訴人桂為助が被控訴人都築との間に於て消費貸借契約を成立せしめ同時に不動産譲渡契約も成立せしめて被控訴人都築の代理人藤田市介が関係書類を持参するから之と引換に桂より藤田に金員を手渡して呉れるやうとの約束迄定め此約束に従ひ桂が都築の代理人に金員を交附したのに不拘都築の代理人藤田が都築本人に金員を引渡さなかつたと云ふ事で当事者間に金銭の受授がないから消費貸借は成立しないとなし大審院判例を無視した裁判をなされた事は非常に遺憾に堪えないのであります。

斯様にして法律の解釈を誤り上告人の財産権に関する憲法上の保護を無視してなされた裁判は法律に違背せると共に又憲法に違反するものと考ふるにより到底之に服する事は出来ませんから此処に上告をなし上告人の憲法上保証される財産権の保護を求むる為本件上告に及んだ次第であります。

以上

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